壁を壊せ ~22歳のリアル~

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 「彩佳な、いつかタイガー・ウッズと戦うねん」

 母が言うには、小学生になる前の私は、生意気にもそんなことを豪語していたらしい。自分にとっては記憶の彼方で、覚えていない。

 けれど、根本は変わっていないのかもしれない。「最高の選手と戦いたい」「勝って1番になりたい」。そんな思いは、今の私にも確かにあるからだ。

 究極を言えば、「世界ランク1位」をとることが自分の理想。前人未到の通算683週もの間世界ランク1位に君臨した、タイガー・ウッズ。憧れのタイガーに少しでも近づけたらと思って頑張っているのが、今の私の正直な気持ち。

 あぁ、言っても〜た!

 でも、宣言することで腹をくくれる部分もあるのかな。

 22歳になった私が小学生の自分に気概で負けるわけにはいかないし、ここにしっかり記しておくことにしようと思う。

スポーツをすることが、家族のコミュニケーションだった

古江彩佳

 ゴルフを始めたのは3歳の時。そう言うと誤解されがちなんだけど、両親が特別ゴルフ好きだったわけでもないし、プロ選手に多い英才教育を受けてきたわけでもない。ごく普通の家庭で育った私の行きつけは、1時間500円とお財布に優しい打ちっ放しだった。

 はじめにタイガー・ウッズの名前を挙げておいてなんだけど、世界の選手のこともよく知らない。恥ずかしながら、それくらい“素人”だったのだ。

 じゃあなんで始めたかというと、きっかけはスポーツ好きの母だった。

 母はもともとパワフルな人で、小学校の頃からバレーボールに打ち込んでいたという。ただ、高校の時に祖母が他界してどうしても部活を辞めざるを得なくなってしまい、だからこそ、「娘にはいろんなスポーツをやらせてあげたい」と思ってくれていたそうだ。

©AYAKA FURUE

 両親は共働きで忙しいなか、休日は必ず公園に連れて行ってくれた。遊びの延長で体を動かしながら体力を培ってきた。父が会社の草野球に参加するとなれば隅っこでキャッチボールをしてもらったし、母が会社のゴルフコンペに参加するため練習場に通い始めると、一緒にクラブを握った。スポーツをすることが、家族のコミュニケーションだった。

 そんななか、特にハマったのがゴルフだった。5歳か6歳のころには、「私はゴルフをするために生まれてきたんだ!」なんてことも言っていたらしい。これまた記憶になく、今となってはただただ気恥ずかしい。

 だけど、そんな“プチ黒歴史”も、悪いことばかりではない。幼い頃から勝ち気を見せていた私に、興味を持ってくれた人がいたのだ。同じ兵庫県出身のシニアプロ、金山和雄さんだ。

 よく訪れていた練習場でレッスン講師をされていたのが金山プロで、何回か顔を合わせるうちに、声をかけてくださった。「お嬢ちゃん、なんてお名前なの?」って。

©AYAKA FURUE

 幼かった私は、金山プロがプロのゴルファーだということすら知らなかった。私にとっては単なる「よく打ちっ放しで会うおじちゃん」。タイガー・ウッズとの対戦宣言も、金山プロとの会話から出てきたらしい。

 金山プロはちょっと強面で怖い印象もあったけれど、小学生でも出られる大会があること、選手登録の仕方、ゴルフ場での振る舞い方など、素人一家ではなかなか知り得なかったいろんなことを教えてくれた。

 そうだ、ゴルフバッグを父に持ってもらっていたら、「道具は自分で持ちなさい」って叱られたこともあった。

 肝心のゴルフについては、何回かレッスンをお願いしたけど金山プロは「彩佳は誰にも教わらなくて良い」と言うだけだった。でも、おかげでこれまでのびのびプレーしてこられたのかもしれない。

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 ゴルフ部のある滝川第二高校に入学するまで、私の練習を見てくれていたのは父だ。ゴルフ経験ゼロから我流で勉強し、コーチしてくれた。そのスタイルを貫けたのは、金山プロの太鼓判があったからかもしれない。

 あの頃、金山プロに出会っていなかったらゴルフは遊びで終わっていたと思う。そして今も気にかけてくれていて、時々アドバイスをくれる。

 「周りに振り回されることなく、自分に集中することが一番大事」

 私がプロになってから、特に響いている金山プロの言葉だ。

 その意味を痛感した経験がある。東京2020オリンピックだ。

 正直なところ、「絶対に出たい大会」ではなかった。ランキング次第で出るチャンスがあるもの。一つひとつの試合を頑張った結果として出場権を得られるなら、出てみたい――。そんなイメージだった。

 だけど、周囲からの期待が高まるにつれ、気持ちにブレが生じるようになってしまった。

「オリンピックに出たいですか?」「オリンピックまでの距離は縮まったと思いますか?」

 毎試合、毎週のようにマスコミの方から聞かれ続ける日々。半年それが続くと、目の前のワンプレーではなく、結果ばかりに意識が向くようになってしまっていた。

 注意散漫な状態で良いショットを打てるはずもなく、最後の最後で代表争いから脱落。自分のゴルフを見失ってしまったことが許せなくて、会見では悔し涙が止まらなかった。プロになってから人前であれだけ泣いたのは、初めてだった。

 今思えば、あれは「周りに振り回された」状態だった。未熟だったなぁと思う。

 オリンピックに出てみたいという思いはある。でも、それはオリンピックそのものにこだわっているのではなく、“オリンピック代表に選ばれる自分”でありたいから――。

 どんな試合であるかにかかわらず、ただ、勝ちたい。そう思うのが、本来の私なのだ。

 大きな支えになっているものが、もう一つ。ミュージシャンの浜崎あゆみさんだ。

 両親が彼女の大ファンだったというわけではない。ただ、父が流行りのCDやDVDをよく聞かせてくれる人で、そのなかに浜崎あゆみさんのものがあった。

 ゴルフ同様、私の幼心にビビっとくるものがあったのだろう。小学校に上がる頃には、ダンスを“完コピ”するほど“あゆ”に魅了されていた。

©AYAKA FURUE(古江選手自身が描いた点描画)

 「INSPIRE」という曲は、特に好きな曲の一つ。

〽もう迷う必要なんてない 守りたいものならわかってる
〽もう引き返す事は出来ない そんなの承知の上
〽そう何度だって立ち上がる 壁なんて壊してしまえばいい
〽ねぇまだまだこれからなんじゃない 道が続く限り
〽扉なら開いてけばいい
       INSPIRE(作詞: 浜崎あゆみ)より

 試合前にもよく聴いている。それどころか、試合会場までの自家用車の中では、大声で歌っている(笑)。

 ノリノリの曲調や力強い歌詞が、私に絶大な前向きパワーを注入してくれるのだ。

笑顔でいることがゴルフを頑張る秘訣。自分のなかの「なんやそれ!」を大事にしていきたい

古江彩佳

 ちょうど今、私は新たな壁に立ち向かっている最中だ。

 初のアメリカツアー挑戦が始まって、約半年。毎日のように、「なんやそれ!」という発見がある。

 つい先日も、空港で初めてロストバゲージを経験した。ゴルフ選手がたくさん乗っていたため、ゴルフバッグやらなんやらで荷物が増え、搭乗した飛行機に乗せきれなかったらしい。

 噂には聞いていたけど、「本当にあるんや!」ってびっくりして笑ってしまった。もちろん、すぐに荷物のありかが分かったし、到着日が試合日でなかったから、笑い話にできたんだけど。

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 芝の特徴もゴルフ場の雰囲気も、日本とは違う。ハリウッド女優とのプロアマ大会でサイン交換をしたのも、日本じゃなかなか経験できないことだ。聞こえてくる会話も、まだ断片的にしか分からない。

 でも、そういう「分からないこと」を一つずつ知っていくことが、いまは楽しくて仕方ない。

 私にとっては、笑顔でいることがゴルフを頑張る秘訣。だからこそ自分のなかの「なんやそれ!」を大事にしていきたい。

あの時の私は、自分の負の感情と向き合うために、どうしても一人の時間が必要だった

古江彩佳

 新たな挑戦は楽しいことばかりじゃない。はじめは自分らしいスイングがなかなかできず、モヤモヤしたプレーをしてしまうことが多かった。

 6月頭には、アメリカツアーで初めての予選落ちを経験。悔しさとふがいなさで落ち込むなか、その瞬間に頭をよぎったのは、マスコミの方々から「予選落ちしてどうですか?」と聞かれる自分の姿だった。

 うまく答えられるだろうか――。自信がなかった。

 注目してもらっていることがどれだけありがたいことか、頭では理解している。それでも、「他に予選通過している日本選手が5人もいるんだから、そっちにフォーカスしてあげてよ」という思いもあった。

 悩んだ末、試合後取材をお断りさせてもらった。人生で初めてのこと。できればこんなことはしたくなかった。

 でも、自分なりに過去の教訓を振り返った結果でもある。

(そう、東京2020オリンピックの時、周囲の雑音に振り回されてしまった、あの苦い経験だ。)

Atsushi Tomura / Getty Images

 プロ選手はたくさんの方の支えでプレーできている。私は、ブリヂストンさんから道具や環境づくり、アメリカツアー参戦にあたっては通訳もつけてもらっている。そして6月にアンバサダーにも就任させていただくことになった。また他にも、多くの企業やたくさんの人々の支援があるおかげで、私はゴルフに集中できている。

 メディア対応だって、ファンの皆様やスポンサーの方に私の活動を知ってもらうために必要なこと。プロ選手として大事にしなくちゃいけないことだ。

 ただ、ごめんなさい。あの時の私は、自分の負の感情と向き合うために、どうしても一人の時間が必要だった。ホント、まだまだ未熟者だなと思う。今も申し訳ない気持ちでいっぱい。

 どうしたらうまく気持ちを切り替えられるようになるか。どうしたらプロとしてしっかり振る舞いながらも、「自分のことに集中」できるか。試行錯誤は続いている――。

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 22歳って、子どもの頃はもっと大人だと思っていたけれど、そんなことないんだなーって痛感する日々だ。オリンピックとかアメリカツアーとか、周りの環境はものすごく変わって、見られ方も変わってきているけれど、私自身は変わったつもりはない。

 ゴルフが好きで、あゆが好きで、勝負服はピンクを着たい女の子。

 こう並べると、案外普通だなって思ったりもする。

 突き抜けている部分があるとしたら、やっぱりゴルフで1番になりたいという思いかな。

 千里の道も一歩から。タイガー・ウッズへの道も、始まったばかり。

 きっとまた壁にぶつかる時が来る。

 でも、何度でもこの言葉が私を鼓舞してくれるだろう。

〽壁なんて壊してしまえばいい
〽ねぇまだまだこれからなんじゃない
〽道が続く限り
〽扉なら開いてけばいい
     INSPIRE(作詞: 浜崎あゆみ)より

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