“手紙” あの頃の君へ ~Letter to My Younger Self~ | エディンソン・カバーニ

“手紙” あの頃の君へ ~Letter to My Younger Self~

To Read in English (Published Oct 14, 2019), please click here.

親愛なる9歳のエディンソンへ

 僕はいま、近所の人たちから「ペラド」と呼ばれている少年に、この手紙を書いています。

 薄毛の子――。

 赤ん坊のころの君は、髪の毛がふさふさではなかったよね。ゆっくりと成長するのを待つだけなんてフェアじゃないと思わないかい? 君にできることは何もない。もう数年、ペラドと呼ばれる日々は続く。 

 さて、僕がこの手紙で君に伝えたくてたまらないのは、今後20年間、サッカーがあらゆる面で君の人生を変えていくということさ。もちろん、うまくいくことばかりでもないけどね。サッカーは、君のそのニックネームさえ取り払ってくれるんだ。ガブリエル・バティストゥータという名の男のおかげでね。まあ、君がテレビの前でじっと座って見ていられる番組は『トムとジェリー』だけだから、まだ君は彼のことを知らないんだけどね。君よりも先にバティストゥータの影響を受けることになるのは君のお兄さん、ナンドだ。バティストゥータの長髪に憧れたナンドは床屋さんに行くことを嫌がり、お母さんのコンディショナーを使い始め、そして、しまいには堂々とした“バティゴール”そっくりのプレーをするようになる。靴ひもで長髪を後ろに結わえた彼が、ピッチを走り回っている姿は、君がそれまでに見た中で最高にカッコいい存在になるんだ。

 ついには君も、勇気を出してお母さんにこう言うことになるぞ。「もう髪は切らないよ」ってね。

 ほとんどの時間を家の外で遊んで過ごす君の足元には、いつもサッカーボールがあるんだ。南米ではこれが当たり前だけど、世界中が同じ訳ではないんだよ。どっちにしろ、家の中に何がある? 楽しいことや心惹かれることなんて何もない。プレイステーションもなければ、大きなテレビもない。それどころか、シャワーからお湯が出ることもないんだ。暖房もないから、冬は心地いい4枚の毛布で暖を取るしかない。お風呂に入りたかったら、やかんに水を汲み、石油ストーブの上で沸かすことになる。そのとき、お湯と水を正しい比率で混ぜることはとても大事だ。君はバケツの中の温度を操る魔法を学ぶんだ。

 でも、これはまだまだ贅沢なほうだよね。最初の家のことを覚えているかい? トイレすらなかっただろ? 用を足すときはいつも、外にある小さな小屋へ歩いていってたよね。

 でも、君に秘密をひとつ教えてあげようかな? 僕はいま、このときのことを思い出しても、まったく悪い気はしないんだ。それどころか、不思議と温かい気持ちで満たされ、勇気が出てくる素敵な思い出だよ。

 家の中のことなんて気にしなくていいんだ。

 君は太陽の下で生き続けろ、ぺラド。

Sam Robles/The Players' Tribune

 ところで、君の部屋の壁に貼ってあるサッカーのポスターはどんな意味があるの? 2、3年ごとに親の仕事が変わったり、家賃を払えなくなったりすると、新しい場所に引っ越すことになる。でも、いいこともあるよ。どこへ引っ越そうと、外には空き地があり、君の近くにはいつもボールがあるということだ。世界中どこに住もうとも、大家さんが君からそれを奪うことはできないんだ。

 僕の記憶が確かなら、いまの君にとって最も大事なものは“アイスクリーム・ゴール”だよね。

 アイスクリーム・ゴールは魔法みたいなもの。アイスクリーム・ゴールについては、PSGの仲間にも話す必要があると思っているよ。天才的な考えだし、純粋なモチベーションになるからね。あれは、サルトのユースリーグの主催者たちのアイデアだったな。彼らは考えたんだ。試合のスコアに関係なく、6歳の子どもたちにやる気を維持させるには、どうすればいいかってね。

 そこで考え出されたのが、試合の最後にゴールを決めた子どもがアイスクリームをもらえるっていうルールさ。

 たとえスコアが8-1になったって関係ない。最後のゴールを決めるひとりになれるかどうかは、時間との戦いだ。君が最後のゴール、つまりアイスクリーム・ゴールを決め、コーチが吹く試合終了の笛を聞いたときの気持ちと言ったら……、もう言葉にできないよ。湧き上がってくるのは、純粋な喜びさ。チョコレート味がお気に入りかな? ミッキーマウスの形をしたやつね。その日1日、君は王様だ。

 君は首都モンテビデオ出身じゃないし、都会育ちではないことは確かなことだ。モンテビデオ出身の子どもたちとは住む世界が違う。それは君がまだ存在さえ知らない世界だ。アディダスのスパイクがあり、自動車があり、何と言っても緑の芝がある世界だよ。君が育ったサルトとは違うよね。わけあって、子どもたちはみな裸足でサッカーをしたがる。スパイクを履いて試合を始めても、ハーフタイムまでにはスパイクの山ができあがり、誰もが裸足で走っている。目を閉じると、いまでもまだ足の裏には土の感触がよみがえる。アイスクリーム欲しさに、ボールを追いかけていたときの胸の鼓動を感じることもできるよ。

 君は生涯、こうした気持ちとともに歩むことになる。だって君は南米ウルグアイの、しかもサルト出身だからね。君はサッカーとともに別の道を行かなければならない。僕たちウルグアイ人は、幸福が訪れようと、災いが降りかかろうと、決して気を抜くことはできない。それが僕らのサッカーの歴史であり、国の歴史なんだ。だからウルグアイ人はユニフォームを着ると、自分たちの歴史を誇りに感じるんだ。

 僕たちは常に進んで、進んで、進まなければならない。もちろん、それは君もだ 。

 ぺラド、君の夢はなんだい?

 実を言うと、僕ははっきりと思い出せない。時の経過が記憶を曖昧にさせるんだ。

 君の夢は、兄のナンドのようにモンテビデオでプレーすること? 君は、その夢をかなえ、まるで、チャンピンズリーグに出場した様な気分になるだろう。

 君の夢は、ヨーロッパでプレーすること? 君はその夢をかなえ、家族の生活を変えることができるほどのお金を手に入れるだろう。

 君の夢は、ウルグアイ代表としてプレーすること? 君はその夢をかなえ、喜びの涙も悲しみの涙も流すことになるだろう。

 君の夢は、ワールドカップでプレーすること?(いいかい、これはあとのお楽しみだ。2010年は、まさに“エル・ロコ”、クレージーな大会になるとだけ言っておくよ。)

 君の夢は、お金をたくさん稼いで、いい車に乗り、洒落たホテルで眠ること? ペラド、君は、このすべてを手に入れられるよ。

Sam Robles/The Players' Tribune

 だけど、僕は君にこれだけは言っておかなければならない。そんなものがなくても、君は幸せなんだ、ってね。

 9歳の君がいま持っているものは、31歳の僕が本当に、懐かしく、恋しい物なんだ。

 君は熱いシャワーを浴びられないし、ポケットには1ドルも入っていない。まだ髪型をカッコよくキメることもないよね。

 でも、君は他に大切なものを持っている。お金では買えない大切なものをね。

 君には自由があるんだ。

 子どもの君は、大人にはない強さと情熱を携えて生きている。いくらその想いを持ち続けようとしても、年を重ねるに連れて、その想いは手のひらから滑り落ちてしまうんだ。大きすぎる責任があり、重すぎるプレッシャーがある。そう、君のように太陽の下で自由には時間を過ごせないんだ。

 31歳になったとき、君の人生の大部分を占めているのが何か、わかるかい?

 君はホテルからバスに乗って練習場に行く。練習が終わるとバスに乗り、バスから飛行機、飛行機からまた別のバスへと乗り換えスタジアムへ行くんだ。

 よくも悪くも、君は夢を生きることになる。それと同時に、君はその夢の囚人になる。外出することも、陽の光を浴びることもできない。靴を脱ぎ、土のグラウンドでプレーすることもできない。この先、起こることは君の人生をとても複雑にするだろう。それを避けることはできないんだ。

 君はまだ子どもだから、こんな幻想を抱いているよね。最も多くの物を手に入れた人が、最も成功した人だ、と。

 だけど、成長すると君は、最も成功している人とは賢く生きている人なんだということに気づく。

 君がプロサッカー選手として成功したときには、君は夢見たすべてを手に入れているだろう。その事に、君は本当に、本当に、感謝するだろう。だけど、ぺラド、正直に打ち明けるよ。君には本当に自由になれる場所がまだひとつだけあるということを。その自由は運がよければ、だいたい90分間続くんだ。

 君がスパイクを履くとき、たとえそれがサルトの土の上であっても、ナポリの緑の芝の上であっても、あるいは、ワールドカップで何百万人もの人たちの前でプレーしているときであっても、お父さんの言葉を思い出してほしい。

 君が試合へ行く前に、いつもお父さんに言われていることがあるよね?

 君がその言葉を知っていることを、僕は知っている。

「あの白線を越えて、ピッチに立った瞬間、そこにはサッカーがあるだけだ。白線の外でどんなに頑張ってもピッチの中のお前を助けてはやれない。サッカーの他には何もないんだ」

 君がその言葉を心の底から信じることができれば、たとえ重圧に押しつぶされそうになっても、大観衆の前でプレーするときでさえも……ピッチに踏み入れた足からはスパイクの感覚が消えているはずだよ。

 素足の裏で感じた、あの土の感触がよみがえるはずだ。

 そして、君は胸の鼓動を感じ、世界最高のトロフィーを手に入れるためにボールを追いかける。

 まるで、アイスクリームを手に入れようとプレーしていたときのように。

心を込めて

エディ

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